廣中邦充は癌で死亡?経歴や過去(昔)は元ヤンキー!?学歴や家族や息子は?【ノンフィクション】

2020年2月2日(日) 14時00分~14時55分にフジテレビで放送される『ノンフィクション』に、不登校・非行・虐待・いじめ・薬物依存など、様々な理由から親元で暮らせなくなった子供たちを保護してきた「西居院」に住んでいる少女・モモコさんに密着しています。

 

番組では「やんちゃ和尚」として心の問題を抱えた少年少女達を無償で預かっている熱血和尚『廣中邦充』さんのエピソードについて語られます。

 

・廣中邦充さんの現在は?
・経歴や学歴は?

・家族や息子は?

 

今回は廣中邦充さんのことについてわかる範囲で調べたことを紹介します。

 

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廣中邦充(やんちゃ和尚)のプロフィール

プロフィール
名前 :廣中邦充(ひろなか くにみつ)
誕生日:1950年8月28日
死没 : 2019年4月16日(68歳没)
出身地:愛知県岡崎市真福寺町
出身校:大正大学仏教学部
職業 :僧侶
廣中邦充さんは愛知県岡崎市真福寺町で西居院住職の次男として生まれます。
1990年に二十一代目住職として廣中邦充さんが就任し、1996年頃から10年以上にわたり自らが営む寺・西居院でで、非行・虐待・いじめ・薬物依存など、様々な理由から親元で暮らせなくなった子供たちを保護するようになりました。
廣中邦充さんなんと2010年までに800人以上の少年少女達を更生させています。
子供と向き合う姿勢は、叱る時は徹底的に叱りつけますが、そのあとはとことん愛情を伝えてあげて、子供達を悪いグループから抜けさせるために、暴力団や暴走族と直談したこともあり、自分の体を張って子供達を守る廣中邦充さんの姿が、世間では「平成の駆け込み寺」として注目されるようになりました。
以前「みんなのニュース、シュザイブ」で特集された廣中邦充さんですが、当時千葉県の暴走族総長だったシュントさんとのエピソードでも、シュントさんを地元に勝手に返してしまった保護観察官に対して「お役所仕事では子供たちは更生できない」と話しています。
嘘をついて出て行ったシュントさんが西居院に戻ってきた時は、廣中邦充さんは全く怒らずに温かくシュントさんを迎えていることから、廣中邦充さんが子供たちのことを真剣に考えていることがわかりますね。
数年後には立派になったシュントさんが廣中邦充さんの元に訪問し、癌と戦いながらも自分のことを支えてくれた廣中邦充さんにとても感謝していることがわかります。
数年後の2019年の4月16日に68歳で亡くなってしまいますが、廣中邦充さんの存在はたくさんの問題を抱えた子供たちを救ってきました。

廣中邦充(やんちゃ和尚)の経歴や過去(昔)は元ヤンキーだった!?

愛知県岡崎市真福寺町で西居院住職の次男として生まれた廣中邦充さんは、少年時代は長ランにラッパズボンという服装で地元でもかなりのヤンキーだったらしく何度も警察のお世話になっていたそうです。

 

また、ケンカに明け暮れていた廣中邦充さんが更生するきっかけになったのが、高校時代に無期停学が明けた直後に暴力事件を起こし退学になりそうな状態だった時に、若い男性教師が職員会議で泣きながら土下座をしてくれ廣中邦充さんを庇ってくれたのがきっかけでした。

それから廣中邦充さんは男性教師との家に1ヶ月間住み込み、真剣に向き合ってくれることから更生し、大学は大正大学へと進むようになります。

 

大学卒業後はソニーに入社し営業担当を任され、全国トップの営業成績の記録を叩き出しました。

 

ソニーを退職後は独立して総合学習塾など複数の会社を経営をします。

 

そんな中、1990年に二十代目住職であった実の父親が病気で倒れることをきっかけに、二十一代目住職として廣中邦充さんが就任します。

 

1996年頃から10年以上にわたり自らが営む寺・西居院でで、非行・虐待・いじめ・薬物依存など、様々な理由から親元で暮らせなくなった子供たちを保護するようになりました。

廣中邦充さんが子供を引き受けるようになった理由は、長男の通っていた高校でPTA会長を勤めていた時に、学校自体があまりにも退学者が多かったらしく、事情を聞くと子供達の家庭環境に問題があることが発覚し、そのまま見ていられなくなったと話す廣中邦充さん。

そこで「家に来い」と声をかけて一緒に暮らし始めたのがきっかけだったそうです。

2010年までに800人以上の少年少女達を更生させ、世間では「平成の駆け込み寺」として注目されるようになり、平成19年度に社会貢献者表彰として表彰されることになりました。

廣中邦充さんは年に200回行われる講演や説教を行なっており、その講演料や謝礼、本の印税などで賄って子供達の食費は全て寺が負担しているそうです。

 

廣中邦充さんの著書である本を紹介します。

・「見えない虐待」(NHK出版)
・「やんちゃ和尚~399人の不良少年少女を更正させた熱血坊主」(竹書房)
・「子どもは悪くない!~道に迷った子どもたちとやんちゃ和尚の心の交流」(日本標準)
・「のびのび子育て」(PHP)
・「どんな命も花と輝け」
・「ありがとう 子どもは悪くない!―やんちゃ和尚これで子どもは救われる」
・「やんちゃ和尚の「親子のルール」をつくろうよ 「わが家の絆」を結びなおすために」

 

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廣中邦充(やんちゃ和尚)の現在は癌で死去?

廣中邦充さんは2012年に頃に肺がんにかかっていることが発覚します。

なんとステージ4の肺がん余命3ヶ月を宣告されました。

 

癌が発覚した当初は全ての仕事を断っていたそうですが、自分が子供達に伝えた言葉「逃げると終われるぞ」「半歩踏み出せ」という言葉を思い出し、医者の反対を押し切って全国を飛び回って講演をしながら闘病生活をしていました。

 

2017年には言葉がうまく出てこないまでになってしまいます。

 

闘病生活では、不安や苦しみなどの感情があったそうですが、病院のドクターや看護師さんが毎日握手をしてくれていたそうです。

そのおかげで闘病で不安な日々に何度も救われたらしく「あなたがいてくれてよかった」といろんな人に感謝の気持ちを思うようになったと話しています。

 

現在廣中邦充さんは、2019年4月16日に残念ながら68歳で亡くなってしまっています。

しかし、亡くなってもなお廣中邦充さんの思いは一緒に過ごした子供たちに伝わっていることでしょう。

 

廣中邦充(やんちゃ和尚)の学歴は?

廣中邦充さんの学歴を調べてみました。

 

大正大学

大正大学 情報
所在地  : 〒170-0001 東京都豊島区西巣鴨3丁目20−1
キャンパス: 巣鴨(東京都豊島区); 埼玉(埼玉県北葛飾郡松伏町)
設立   : 1926年
電話   : 03-3918-7311
恩師のおかげで更生をした廣中邦充さんは、東京に上京し大正大学に入学することになります。

大正大学を卒業後はソニーに就職して営業活動をしています。

 

廣中邦充さんの高校についての情報は今のところありませんでしたが、地元が愛知県岡崎市なのでおそらく愛知県岡崎市付近にある高校が出身校だと思われます。

 

廣中邦充(やんちゃ和尚)の家族や息子は?

廣中邦充さんの家族や息子について調べました。

廣中邦充さんは結婚をしており、奥さんと長男がいらっしゃいます。

 

奥さんの名前は待子さんで、廣中邦充さんと一緒に子供達のお世話をしていました。

待子さんは看護師をしているようです。

 

待子さんは元々廣中邦充さんの中学の同級生だったようで、普通なら赤の他人を家に迎えることなんて出来ませんが、ヤンキーだった廣中邦充さんのことも全て知っているため、とても理解力のある奥さんだと思います。

 

廣中邦充(やんちゃ和尚)【ノンフィクション】まとめ

いかがでしたか?

廣中邦充さんのことについてわかる範囲で調べました。

 

今回の内容をまとめると、

まとめ
・廣中邦充さんは愛知県岡崎市真福寺町出身
・高校時代は地元でも有名なヤンキーだった
・退学寸前だった時に恩師に助けられて更生する
・大正大学を卒業後はソニーに就職
・総合学習塾など複数の会社を経営
・父親が病気になり、自身が寺を継ぐ
・2010年までに800人以上の少年少女達を更生させている
・2019年4月16日に肺がんで死没(68歳)

上記のことがわかりました。

 

廣中邦充が心に問題のある子供達を救おうとしている姿勢は普通ではなかなか出来ないことですよね。

廣中邦充さんのことを調べてると、廣中邦充さんがいかに子供達のことを考えて過ごしてきたかがわかりました。

 

今はお亡くなりになってしまいましたが、廣中邦充さんの考えに共感して、問題のある子供達を救えるようになれる世の中になって欲しいと思います。

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