吉田恵美子(納豆)のwiki風プロフ年収や経歴は?家族や旦那はいるのか?【セブンルール 】
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2019年12月10日の23:30からフジテレビ系列で放送される『セブンルール』に、納豆メーカーで有名な『小金屋食品』の女社長「吉田恵美子」さんが出演します。

 

・年齢や出身は?

・経歴は?

・年収はいくら貰ってるの?

 

今回は吉田恵美子のことについてわかる範囲で調査しました!

 

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吉田恵美子(納豆)のwiki風プロフィール(年齢/出身/)

プロフィール
名前  :吉田恵美子 (旧姓:小出恵美子)
生年月日:1964年
年齢  :55歳
出身地 :大阪府
職業  :「小金屋食品」代表

吉田恵美子の学歴は?

吉田恵美子さんを詳しく調べてみたところ、詳しい学歴は確認することができませんでした

 

しかし父親が創業した小金屋食品が大阪府にあったことから、詳しい場所まではわかりませんが大阪府内の学校に通っていたのではないかと思います。

 

また、高校時代は商業高校に通っており、高校卒業後に就職をしているので、おそらく高卒でしょう。

 

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吉田恵美子の家族は?旦那や子供はいるのか?

吉田恵美子さんの家族について調べたところ吉田恵美子さんの家族構成がわかったので家族構成を紹介していきます。

 

吉田恵美子さんの親族は、父親・小出金司さんと母親、吉田恵美子さんは3人姉妹の長女として生まれたので妹が2人います。

 

また、旦那と3人の子供がおり、1994年に子育てが落ち着きパートに出ていることから、現在の吉田恵美子さんの子供は全員大人だということがわかります。

 

残念ながら父親以外には公開されていませんでしたが情報が入り次第、更新していきたいと思います。

吉田恵美子の経歴や職歴は?社長になった経緯とは?

1964年、大阪府にて吉田恵美子さんは3人姉妹の長女として生まれました。

 

吉田恵美子さんが現在社長をしている「小金屋食品」は、もともとは吉田恵美子さんの父親が創業した会社だそうです。

 

吉田恵美子さんが物心がつくころには、すでに父親は創業し念願の自社工場を建て、母とともに朝早くから夜遅くまで納豆づくりをしていたそうです。

 

創業当時は大阪での販売が順調に進み、小金屋食品は驚くほどの急成長しました。

 

しかし、吉田恵美子さん小さいころに納豆屋の娘といじめられていたそうです。

 

1982年吉田恵美子さんは地元の商業高校卒業後、両親の大変さも見てきたことから、父親の会社には入らずに文具メーカーの「サクラパレス」に入社します。

事務職として6年間勤務したのちに結婚退職をしました。

その後は専業主婦として3人の子供を育てて、94年にはパート勤務を初めて、近くのスーパーや不動産会社などで働いていました。

 

しかし、2003年に体調を崩した父親にがんが発見されました。

病院での闘病生活を申告された父親に代わり、吉田恵美子さんは小金屋食品の専務取締役として会社の経理を担当していましたが、父親の病勢はすでに悪化状態。

 

2003年の年末に67歳でこの世に帰らぬ人となってしまい、会社は吉田恵美子さんが継ぐこととなったのです。

 

吉田恵美子の当時の苦労や成功した秘訣とは?

吉田恵美子さんは父親の会社を潰したくい一心で会社の後をつぎますが、父親から何も教わっていないないので納豆のことも経営のことについて一つもわかりません

 

どうやら吉田恵美子さんの父親は最後まで現場復帰する気でいたらしく、後衛者と呼べる技術を伝承されている人はいませんでした。

 

納豆釜の扱いは母親から口伝えされていたものの、具体的な製法に関するノウハウなどは知られていませんでした。

 

素人同然の吉田恵美子さんは、納豆づくりに必要な用語も業界の慣習を一から勉強したり、人脈や見聞を広めようとセミナーや異業種交流会などに積極的に参加したりもしました。

 

その一方で業績はかなり低落していて、水道料金が無事に引き落とされるのかなどとにかくお金がなく、当時は苦労したそうです。

 

父親から累積した赤字も大きかったらしく、2007年当時は年商の倍くらい経営が赤字だったそうです。

 

今では「小金屋食品」は納豆メーカーの中でも有名になっていきましたが、当時は小金屋食品の納豆を知る人は全くいませんでした。

 

父親が品質にこだわっていたことから、母もスタッフも丁寧に作った商品でしたが、思うように売れなく在庫として残ってしまう状態が続いてたそうです。

 

そんな中、吉田恵美子さんの母親が取引している小売店などに電話をかけていたそうです。

その姿を見た吉田恵美子さんさんは、母親がお願いしますと言わなくても済む、お客様から「欲しい」と思われる商品を作らないといけないと思ったみたいで、そこから新商品の開発と平行して、販売路線の拡大をしていきました。

 

まずは近隣の方々から狙っていき、毎月1回に工場施設内で直売所を開催します。

 

容器などが傷ついてる商品などは値引きなどをして販売したり、自作のチラシを自転車でポスティングして回った結果、初回には100人が集まったそうです。

 

それ以来、小金屋食品の直売所は最大250人ほどを集めるイベントとして開催され、2009年7月10日の「納豆の日」を期して工場の一部に「納豆庵 こがね屋」という直売所をオープンさせることができました。

直売所や商品『なにわら納豆』が話題となり、マスコミからの取材依頼や各種イベント、百貨店への出店依頼が数多く来ることになりました。

2009年の秋には都市住民が参加する市場の「マルシェ・ジャポン」から要請されて、大阪・淀屋橋で毎週開催されるイベントである青空市場「大阪マルシェ」への出店もしました。

 

初回は300食が完売しており、小金屋食品の納豆は大阪での評判が高くなり人気を集めたそうです。

 

2011年からは、大阪府公認の通販サイト「大阪ミュージアムショップ」へも小金屋食品の納豆を出品してネット販売をしています。

 

今ではネット通販が直売売上の15%程度にまで増えてきているが、百貨店やスーパーが売上の大半だそうです。

 

2016年にはトッピングを30種類以上取り揃えた納豆の専門店をオープンしています。

納豆の独特のにおいから苦手な人が多いこと対して、『糸物語』という「におわない」納豆を開発したり、

関西人向けに戦略を練っており、納豆についているタレは醤油味がベースですが、関西人にとっては醤油味だけだと辛いらしい。

 

吉田恵美子さんはタレのベースを濃口醤油から、関西人の口に合うように薄口醤油へと変更しました。

 

さらには、関西人はせっかちな人が多く手間をかけたくない人のために、卵やキムチなどのトッピングを同封した納豆を販売しています。

こういった吉田恵美子さんのこだわりにより、お客様により美味しい納豆を食べてもらいたいという思いが、納豆の匂いが嫌いだったり関西人の方に伝わっているのかも知れませんね。

 

吉田恵美子の年収や収入はいくら?

気になる吉田恵美子さんの年収や収入については公開がされていませんでしたが、従業員数もさほど多くはなく、小金屋食品は10年で売上が3倍になり、現在では年商8,000万円ほどになっています。

 

また、2011年にはネット販売、2016年には新しく納豆専門店をオープンしていることから、それなりの年収と収入を貰っていると思います。

 

吉田恵美子(納豆)の年収や経歴・家族や旦那 まとめ

いかがでしたか?

 

吉田恵美子さんのアイデアや発想力、そしてたくさんの人に父親が創業した小金屋食品の納豆を食べてもらいたいという強い思いから、ここまで来れたのではないかと思います。

 

今後の吉田恵美子さんの活躍や、小金屋食品の納豆がより多くの人に愛されることを期待しています!

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